弥生時代に倣って…石包丁で酒米「都」の穂刈り体験

酒米「都」の圃場 10月20日(日)。雨の中、総社市内にある酒米「都」の圃場へ。
三宅酒造さん主催の「酒づくり大学」で、この日は種籾採取という大事な作業を行いました。

※Photo by 三宅酒造 小澤佑二氏

「都」の穂「都」は吉備地方で江戸時代に発見され、大正時代まで栽培されていた酒米。
一時 絶滅したものの、三宅酒造が農業試験場から入手した たった一握りの種籾を大事に増やして復刻させました。
現在も栽培しているのは、三宅酒造のみ。
もちろん、同社の主力銘柄や酒づくり大学で手がけているお酒も、酒米「都」で醸した地の酒です。

上の写真は、「都」の稲穂。
雨に濡れていますが、今年は粒ぞろいで 一粒一粒ぷっくりと大きく育ってくれたように感じました。

「都」の穂刈り風景 いよいよ種籾を採取するため、穂刈りスタート。
穂刈りといってもどの稲穂を刈ってもよいわけではありません。
種籾用に苗を1本植えした稲穂の中でも特に背が高い穂を選抜し、刈り取っていきます。

石包丁で「都」の穂を刈り取る 穂刈りで使用したのが、“秘密兵器”の石包丁。
酒づくり大学のメンバーが、素材のサヌカイトの採取(香川県坂出市まで採りに行った)から制作までを手掛けた力作です。
※指導は考古学者の柳瀬さん。私は石包丁づくりには参加できず、残念でした

石包丁を使うことになったきっかけは、確か今年春に三宅酒造で開催された蔵開きの打ち上げでのこと。
同小沢社長や柳瀬先生らと吉備の古代文化の話をしている中で、酒づくり大学の活動にも取り入れられないかということに。
一同盛りあがった末、米づくりがはじまった弥生時代に倣い、自分たちで制作した石包丁で稲を刈ってみることになったのでした。
一連のエピソードはこちらから(PDFファイルです)

さて、鋭利に仕上げられた石包丁ですが、初めは「こんなんで穂が摘み取れるの?」と皆半信半疑。
ところが、コツをつかむと、これがハサミを用いるより早い。
適した角度に刃を入れ、スナップをきかせて引くだけで、スパッ、スパッと穂が刈り取れるのです。

市田もなんか楽しげ。。。 なんだか楽しくなってきた私……。
雨に濡れるのなんて、なんのその。
撮ってもらった写真は、どれを見ても、笑ってます……(笑)。

バケツ一杯に刈り取った稲穂 各人、大体バケツ2杯分くらいずつ採取したでしょうか。
しかし、種籾だけを取り出すと、驚くほど量が減ってしまいます。
目標、20kg。
採れているだろうか?
祈る気持ちで刈り取った穂を軽トラに積み込み、それぞれ蔵へと移動。

種籾採取 さらに人海戦術で、穂から籾を一粒一粒ばらす作業(脱穀)。
これも、オール手作業で行います。
最近ではコンバインが刈り取りから脱穀までしてくれますが、酒づくり大学ではあくまで手植え、手刈り、手脱穀(っていうのか?)。
酒づくりもオール手づくりなので、ここで機械を使っては意味がありません。

どうにか20kg分の種籾が採取でき、15時頃(だったかな)に解散。
これで来年も「都」を植えることができると、蔵元もほっ。

そして今度の日曜日はいよいよ稲刈り。
私は参加できなくて残念。
参加メンバーの皆様、よろしくお願いします!
【参考】⇒去年の酒づくり大学での穂刈り⇒稲刈りのレポート記事

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2件のコメント

  1. >隊長、
    隊長もお疲れ様でした!
    すんましぇん、肖像権を侵害して…(苦笑)。

    私も今年は稲刈りに参加できなくて残念!また仕込みか新酒まつりで会いましょう!

  2. お疲れ様でした。
    伝説の酔っぱらいがカッパ着て写っていますねぇ(笑)
    来週の稲刈りは行けませんが、またよろしくお願いします!

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